布施プロレス、またやるんか。
2026年9月26日。
今年も布施プロレスが開催されます。

……もう何回目なんでしょう。
正直、しぶとい。
いや、布施プロレスを応援する東大阪の民衆がしぶとい。
ここまで続けるとは、なかなかやります。
最初の頃は、
「プロレスで地域を元気にしよう!」
「商店街を元気にしよう!」
そんな、いかにも真面目で、ちょっと甘っちょろいことを考えていました。
でも、13年も野崎プロレスをやっていると、少し考え方も変わってきます。
地域活性化?
商店街活性化?
プロレスでみんなを笑顔に?
もちろん大事です。
でも、今の野崎プロレスには、もっと単純な理由があります。
布施プロレスを応援信じてる東大阪住民は
48万人庶民を盾に大阪の代表のような振る舞いで
国と強力なパイプを近隣の都市にアピールし
東大阪であらずんば大阪人にあらず的な危険思想
大東市の住道駅や京阪百貨店を
東大阪のエリアとおもっている
野崎は四條畷やったけ??
近隣都市に対し何処か見下している
自覚がないのがとても恐ろしい
自分はこの間違った歴史認識を正しい方向に導き
布施プロレスによる、SNSのデマなので改竄された
歴史ある「野崎を守りたい。」
布施プロレスが潰れるまで……
いや、正確には、布施プロレスがやめるまで……
こっちもやめるわけにはいかない。
もはや地域活性化というより、
「数の力で押し進めてくる東大阪に対する、野崎からの抵抗勢力」
くらいの気持ちです。
大きな街には大きな街の力がある。
人もいる。
企業もある。
商店街もある。
行政もある。
イベントもある。
そして、圧倒的な「数」がある。
だったら野崎はどうするのか。
こっちはこっちで、
しぶとく続ける。
小さくても続ける。
赤字でも続ける。
しんどくても続ける。
そして、野崎の名前を消させない。
それが今の野崎プロレスです。
ただし、最大の敵が一つあります。
布施プロレスでもありません。
東大阪でもありません。
SNSのデマでもありません。
老化です。
老眼。
集中力低下。
人の名前が覚えられない。
朝起きた段階で
昨日、60分試合をしたかのように
身体が重い
そして、
「椅子やテントを運んでください」
と言われた瞬間に、
「……それ、誰か若い人にお願いできませんか?」
となる身体。
もう、そんな年頃です。
昔ならリング設営も撤収も勢いでできた。
今は椅子を見ただけで疲れる
リングからできるだけ離れる
それでもやる。
なぜなら、
野崎プロレスは、まだ終わっていないからです。
布施プロレスには、布施プロレスのやり方がある。
野崎プロレスには、野崎プロレスのやり方がある。
SNSで何を言われようが、
誰に何を言われようが、
野崎は野崎。
13年かけて積み上げてきたものは、簡単には消えません。
そして、9月26日。
布施プロレスがリングに上がる。
だったら、野崎プロレス代表として言わせてもらいます。
「お前ら、まだやるんか。」
ならば
……こっちもやるけどな。
布施プロレスが続く限り、
野崎プロレスも、しぶとく続けます。(多分)
地域活性化なんて、きれいな言葉だけでは語れない。
時には意地。
時には執念。
時には、ただの負けず嫌いと隣の芝は青く見える妬み。
そんなものが、地域のイベントを13年も続けさせるのかもしれません。
9月26日。
布施プロレス。
東大阪の皆さん、今年も思いっきり楽しんでください。
そして布施プロレスの皆さん。
また来年もやれるなら、やりましょう。
……こっちも負けずにやります。(多分)
いつか、
「布施プロレスがなくなったから、野崎プロレスも終わろうか」
と言える日が来るまで。
いや。
たぶん、その頃にはこっちも、
椅子を運べなくなっていると思います。
それでも最後まで、
野崎から抵抗します。
野崎プロレス代表
山田しゅうじ
「プロレスで地域を元気にしよう!」
